個展「蘇生するユニコーン」

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今年の1月に初めての個展を終えてから、6月になるまで色々なことがあった。
あったけどこのページに何の音沙汰もなかったのは、まず個展のことを文章にして、その後のことはその後書こうと思っていたのに、どうしても個展のことが文章にできなかったからだ。
でも、言葉にならないような出来事も無理矢理言葉にしたほうが、少なくともその言葉にならなさは伝わるだろうと思うので、やっぱり文章にしてみようと思う。

その個展のことである。

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個展は2018年1月12日から2018年1月21日までの10日間、東京都文京区根津のギャラリーマルヒにて行われた。
10日間で来場者は300人程、会期中は2回(と1回)トークショーと公開メンテナンスを行った。
ギャラリーマルヒは築100年程の古い蔵を改装したギャラリーで、玄関から入って畳の部屋と、その隣の重い扉の奥に蔵がある。畳の部屋には「保存と再現」の犬を、扉を少し開いて暗い蔵のの中に「蘇生するユニコーン」のユニコーンを置いた。

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畳の部屋には他に、二つの作品のテキスト、制作過程の写真や映像などを展示していた。
ユニコーンと犬を同時に同じ場所で展示したのはこれが初めてだった。

畳の部屋に置かれた犬の前で、何を見たのか個展に来た人々は、畳の上に膝をつき、またはゆっくり座り、時には涙を流してそれを眺めていた。

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初日の朝、最初に来た人は、犬の前で長い時間立っていた。
私は何か話しかけたほうがいい気がして、犬について説明を始め、しかし相槌がないことに不安になってその顔を覗くと、優しい皺のある目に涙を貯めてただ聞いてくれていたのだった。

私はその時、あぁと思った。あぁ、これが個展か!

今まで展示した場所は、美術館などの展示のための施設で、そこはかなり公的な場所なので、そういう経験は少なかった。
(少ないといっても、やっぱり犬を展示するとその度、鑑賞者は私に、亡くなった存在が忘れられない話や、介護中の親族の話や、お葬式やお通夜の話を聞かせてくれていた。
初対面というか、会って数分或いは数秒の私に、そんな個人的な話をしてくれたことに最初は驚いたが、しかし初対面だからこそ話せるのかもしれないし、むしろ普段近くにいる家族とは、その話はできないのかもしれない。本当にたくさん、亡くなった存在の話を聞いた。)

しかし今回の個展は涙を流す人が本当に多かった。
それは個展という特別な空間が、そしてなによりギャラリーマルヒの独特な私的空間がそうさせてくれたのだと思う。
すごくプライベートな場所にプライベートな作品を置いているからか、人目を気にせず涙を流す人が多く、思わず心配してしまうような感受性の強さや、その人たちが犬やユニコーンに何かを重ねているだろうその何かに思いを馳せて、私まで黙ってしまうようなこともあった。
そう思ってからは、いつもの「私と犬とユニコーンの関係」というよりも、「犬とユニコーンを媒介した私とあなたひとり」、と思って会期を過ごした。その一人ひとりの「あなた」が犬やユニコーンを見つめる眼差しは思わず眉をひそめてしまうほど美しく、その目を見ている時間がとても多かった。

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作品を見て涙を流したりすることについては、まだどういうことかよくわかっていない。
ものすごい特別な共感があるのか、何か別の存在を重ねていたりするのか、ただ泣きたかったのか、しかし映画を見て泣いたからといってそれが名作というわけではないように、それが作品の良し悪しの基準には到底ならないだろう。

この個展の感想が、今ただ感想に留まってしまっていることを残念に思う。
なにか別のものが立ち上がってくるのは、もう少しあとか、次の展示のときだろう。
しかしこの個展は、ただ綺麗な思い出として残るだけじゃない、鮮烈な衝撃を私自身に与えてくれた。作品を作ることと、それを続けることと、それを展示することが、今までとは違う形で立ち上がってくるようだった。

2回(3回)行ったトークショーと公開メンテナンスは、思っていたより多くの人が来てくれて、皆が本当によくユニコーンと犬を見て、私の疎い話を聞いてくれた。
話をしたのは、りんという犬のこと、「保存と再現」を作るまでの話、作った後の話、ユニコーンを作ることに決めたこと、作る途中に起きたこと、いま犬とユニコーンに起きていること、これから起こるだろうこと、今後新しく加わる作品のこと、なぜ新しく何かする必要があるのかということ、など。

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このメンテナンスとトークショーに来てくれた人たちのことを、もちろん個展自体に足を運んでくれた人のことも、私は生涯贔屓するだろう。今でも来てくれた人たちには、ゆるい共犯意識と、微かな心強さを感じている。それは制作活動を続ける限りおそらく消えることがないだろう。
それほどこの初めての個展は、私にとって重要なものだった。

そういう個展が今年の1月に始まって終わった。
終わってからすぐ、BSフジ「ブレイク前夜」という番組の撮影があり、深夜撮影が終わってからギャラリーマルヒの鴻池さんと車にのって、マクドナルドのポテトを泣きながら食べて、岐阜に帰った。
「ブレイク前夜」の放送回はYouTubeにアップされている。
http://breakzenya.art/mamihirano/

岐阜に帰ってすぐ、岐阜盲学校での企画が始まった。

それから何日かして、ユニコーンの制作を再開した。
また再開したのは、ずっとやりたい気持ちと、やり続けないといけない気持ちが消えないからだ。
特に今は、ユニコーンの内臓、主に消化器官のアップデートを行なっている。
つまり内臓を全て作り変えている。作り直すのは今回が3度目である。

個展振り返りはとりあえずここまで。
次は盲学校について書く。